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福岡地方裁判所 昭和42年(ワ)88号 判決

原告 株式会社熊本相互銀行

右訴訟代理人弁護士 塚本安平

被告 福岡県共済農業協同組合連合会

右訴訟代理人弁護士 鶴田英夫

右復代理人弁護士 岩崎明弘

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

〈全部省略〉

理由

一、昭和重車輛が昭和四一年三月一八日被告の注文により原告主張の団地造成工事の施行を代金三、三二八万円の約で請負ったこと、同年七月一六日原告が昭和重車輛より右請負代金債権の譲渡を受け、同日被告が右債権譲渡につき、代金額の内金一、五〇〇万円の限度において、これを承諾したこと、右請負契約においては、請負代金につき、毎月工事出来高に対応する代金額の八割の支払をなし、残二割相当額の支払を留保するものと約束されていたこと、被告が別表記載のとおり同年四月三〇日から同年一一月一日までの間、検収済工事出来高に対応する代金額の八割に相当する金額として、請負代金内金二、三〇九万二、〇〇〇円の支払をなしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、〈証拠〉を綜合すると、昭和重車輛より原告に対する本件請負代金債権の譲渡は、原告が昭和重車輛に対し将来数回に分けて事業資金の貸付を行うにつき、あらかじめ右貸付金債権の担保として本件請負代金債権を原告が取得することを目的としてなされたものであり、右債権譲渡の当時原告は、右請負に係る仕事が未完成で工事途中であったため、現実の貸付に当っては、被告発行の工事出来高証明書を昭和重車輛より徴して工事の進行を確認のうえ貸付を実行すべく予定していたものであることが認められる。

従って、原告は、債権発生の原因たる契約の性質上、譲受に係る債権が現在の請求権として確定的なものでなく、将来において、これと対価関係に立つ請負人の反対債務の履行状況の如何によって消長を来す性質の債権であることを知りながら、右債権譲渡を受けたものであると認めるのが相当である。

のみならず、〈証拠〉によると、右債権譲渡と同日になされた被告の承諾については、本件請負代金のうち、当時の残工事高として算出した一、八三五万八、〇〇〇円の内金一、五〇〇万円を限度として承認するものであるとともに、請負人昭和重車輛に対すると「同一条件にて」支払をするものであることをそれぞれ明示してなされた承諾であることが明らかに認められるところであるから、これによると、本件債権譲渡についての被告の承諾は、従前の工事出来高に対応する割合代金額の部分については承諾の対象としないことを明示して将来の出来高に対応する代金債権部分に限定する(ただし、法的には可分のものとして特定しうるのは、すでに支払済の別表記載支払回次1ないし4の計金一、二四二万二、〇〇〇円に限られる。)とともに、債権の原因たる被告と債権譲渡人昭和重車輛との間の本件請負契約関係より生ずるあらゆる抗弁事由をもって、原告に対抗主張するであろうことを表明しているもので、その趣旨における異議を留めたる承諾であるということができる。

従って、原告譲受に係る本件請負代金債権については、被告は昭和重車輛との間において生じた事由をもって、直ちに、原告に対抗しうるものというべきである。

三、〈証拠〉によると、右請負契約においては、毎月の工事出来高に対応する代金額の二割に相当する前記留保金額は請負工事完成引渡のときに支払う約束であること及び工事期間について昭和四一年三月一九日工事着手、同年七月三一日完成、完成の日から七日以内に引渡の約束であることがそれぞれ認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

四、原告は、請負人たる昭和重車輛が本件請負工事を完成した旨主張するけれども、右事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって、〈証拠〉によれば、昭和重車輛は、約定完成期日である同年七月三一日を経過しても、本件請負工事を完成することができず、事業資金に窮して同年一〇月下旬頃には殆ど仕事をしないようになり、同月二五日被告により最後の出来高検収がなされ、同年一一月一日最後の支払(福岡相互銀行への後記金二五〇万円の支払)がなされた後の同月八日頃支払手形の不渡りを出し倒産に頻したため、本件請負工事を続行してこれを完成することが不可能となったこと、そこで昭和重車輛は、同月二七日取締役会を開いて本件工事請負を中途辞退する方針を定め、同月二八日被告に対し、工事辞退届なる書面をもって、社内事情による工事完成不能を理由として、本件請負契約上の一切の権利、義務を放棄する旨及び今後被告により如何なる処分を受けても異議はない旨通告し、以後完全に本件工事の施行を放棄するに至ったこと、そこで被告は、やむなく同年一二月三〇日訴外株式会社岡組との間に残工事の施行につき請負契約を締結し、その後、同会社に対し合計金一、二九八万八、〇〇〇円の請負代金を支払って工事を完成せしめたこと、以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、本件請負契約上の請負人昭和重車輛の本件工事完成義務は、昭和重車輛の責に帰すべき事由により履行することが不能となったものということができる。

五、もとより、請負契約は請負報酬の支払と仕事の完成とが対価関係にある双務契約であるから、特段の合意のなされない限り、注文者の負担する報酬支払義務は請負人の仕事完成引渡義務と同時履行の関係に立つものであるが、本件の場合、前示の支払時期に関する約定により、請負契約関係の存続する間は、毎月の工事出来高に対応する代金額の八割に相当する金額に限り、工事完成前においても、支払がなさるべきもので、残額は前記留保金額を含めて工事完成引渡と引き換えにその支払を請求しうるものというべきである。

しかし、請負契約に基く仕事完成債務が請負人の責に帰すべき事由により履行不能となったときは、相手方たる注文者は、契約の解除を要せずして、請負報酬支払義務を免れるものというべく、請負人の報酬債権は消滅するものと解するのが相当であり、本件においては、前示のように昭和重車輛の工事完成債務が債務者たる昭和重車輛の責に帰すべき事由による履行不能となったのであるから、これにより、同時履行の関係にあった請負残代金支払債務は、前記留保金額相当部分を含めて、すべて消滅したものと解すべきである。

(被告は、昭和重車輛の工事放棄をもって、代金支払の条件成就を不能ならしめたものとする趣旨の主張をするけれども、工事完成が請負報酬請求権に対する民法上の法律行為における条件というに該らないことはいうまでもない。)

六、次に、原告は、本件請負代金債権中施行済出来高に対応する代金額の八割に相当する部分の内金として、昭和四一年一一月一日訴外福岡相互銀行に支払われたこと当事者間に争いのない金二五〇万円につき、被告より原告に対し、その支払による弁済をもって、債務の消滅事由として対抗しえない旨主張するので、以下この点につき判断する。

原告の主張は、これを要するに、昭和重車輛施行済の工事出来高全部の八割に相当する金額の限度において、本件請負代金債権は、現在するに至った請求権として確定的な債権となったものであり、そのうちの被告の承諾の対象たる債権譲渡後に生じた部分の債権のうち、原告以外の第三者である福岡相互銀行に支払われた右金二五〇万円は、同銀行との対抗関係において優先する原告に対する関係においては、被告はその弁済による債務消滅を主張することを許されず、従って、未払のまま残存するものと解すべきであるというものである。

七、そして、右金二五〇万円の支払いが、原告主張のように、昭和重車輛から福岡相互銀行に対し、被告の承諾のもとに債権譲渡された本件請負代金の内金二五〇万円の債権の弁済として、なされたものであること、及び右債権譲渡は、原告の受けた債権譲渡に先立つものではあるが、承諾証書の確定日付の先後については、原告に遅れるものであることは、いずれも弁論の全趣旨に照し、明らかに被告の争わないところであり、〈証拠〉によると、福岡相互銀行に対する右債権譲渡につきなされた被告の承諾は、なんらの異議をとどめない承諾であること、従って被告は工事履行状況の如何にかかわらず右金二五〇万円を同銀行に支払うべき義務を負うに至った関係にあることが認められる。

八、もともと、請負契約関係にあっては、請負人の責に帰すべき事由による工事完成債務の履行不能により消滅すべき注文者の報酬債務は、請負人の履行遅滞を原因として請負契約の解除がなされたときと同じく、施行済出来高部分に対応する割合代金相当額を含めて債務全部が消滅に帰することを本則とするものであり、これと異なる特約の存在を認めるに足りる証拠のない(前記出来高の八割に相当する金額についても、単にその支払時期を毎月とする約定があるにすぎず、工事完成引渡の如何を問わず債権として存続を全うするものとする趣旨の特約がなされたものとは証拠上未だ認め難い)本件においては、前示仕事完成債務履行不能により、本来は支払済の部分をも含めた全代金債務が遡って消滅するものと解すべきであり、この意味において、異議をとどめたる承諾を受けたにすぎない原告の譲受代金債権弁済を求める本訴請求は、すでに理由がないことになる。

九、しかし、右の点を措いて、原告主張のように、すでに支払いがなされた部分の代金債権に限り、支払前に遡って消滅することはないとしても、およそ、いずれも債務者の承諾のもとに債権の二重譲渡がなされた場合、債務者との関係においては、債務者は各譲受人双方に対し、重ねて債務履行の責に任ずることになるのであって、各譲受人相互間の対抗関係により一方が唯一真正の債権者として他方の譲受債権の効力を否定しうるとする判例上の見解は、当該債権が特定の目的物を対象とする等、その内容によって、債務者の債務履行の関係において両者の併存が許されない場合にのみ相当する見解であり、金銭の支払を目的とする債権であって、各譲受人相互間に排他的関係のない本件においては右見解は相当しない。そして、原告の受けた債権譲渡の承諾について被告のとどめた異議の前示の趣旨に照し、被告は、原告の取得した債権の効力につき、譲渡人たる昭和重車輛がこれを有すると同一の内容たるべきことを主張しうる関係にあるものであるから、第三者たる福岡相互銀行との対抗関係を理由として、同銀行に対する弁済の効力を債務者たる被告に対する関係で原告が否定できることの意味は、同銀行への支払いがなされた当時において、これによる弁済の結果、計算上請負代金債権残額が、原告の対抗要件を備えた譲受債権の残額より減少する関係を生じた場合においても、債務者たる被告は原告の右残債権につき右減少額相当の弁済の効力が生じたものと主張することができないというにとどまり、右のような場合と異なり、第三者たる福岡相互銀行に対しなされた弁済による請負代金債権額の減少によっても、なお、原告の右残債権金額以上の請負代金未払金額が存する場合は、原告の右残債権が害されたものということはできず、原被告間においては、同銀行との対抗上の問題を生じないものというべきである。

そして、昭和重車輛の本件請負工事の最終的な施行済み出来高については、被告の自認する金二、八八八万八、八〇〇円を超える出来高金額を認めることのできる証拠はないから、前記履行不能による請負残代金債務消滅の直前において、最終的出来高の八割相当額は、右金二、八八八万八、八〇〇円の八割である金二、三一一万一、〇四〇円となるものというべきである。またその同時期における原告の譲受債権中被告の承諾に係る金一、五〇〇万円の未払残額は、当事者間に争いのない別表記載支払回次5ないし8の合計金八一七万円の弁済額を差引いた残金六八三万円であることも計算上明らかである。(もっとも、原告は、昭和重車輛に対し現に実行された貸付の金額の関係で未払残額を金一五〇万円と主張している。)

そこで、本件約定請負代金総額金三、三二八万円より前記金二、三一一万一、〇四〇円を控除すれば、金一、〇一六万八、九六〇円に上る残代金債権額が残存するのであるから、前記履行不能の時期(早くとも昭和四一年一一月二八日)に先立ち同月一日になされた福岡相互銀行に対する右金二五〇万円の支払の後においても、原告の前記残債権金額六八三万円をはるかに超える前記残代金額が残存していたのである。従って、右金二五〇万円の支払により原告の譲受債権が害されたものとして対抗上の問題を生ずるものということはできない。

さらに、右金二五〇万円の支払いは、被告において異議をとどめないで承諾した福岡相互銀行への譲渡債権金二五〇万円の弁済としてなされたものであり、被告は、譲渡人たる昭和重車輛に対する関係において、先ずもつて弁済をなすべき右金二五〇万円の債権に対する右支払を理由としてその弁済の効力を主張することができるものであるから、債権譲渡に対する承諾に当りとどめられた異議の効力により、昭和重車輛と同一の立場で譲受債権の効力を主張しうるにすぎない原告は、前記のとおり右金二五〇万円の弁済により自己の前記残債権が害される場合に該らない以上、被告に対し、右金二五〇万円が優先的に原告に支払わるべきことを主張することができないものというべきである。

一〇、そうすると、本件請負代金債権が、弁済及び昭和重車輛の責に帰すべき仕事完成債務の履行不能により、全額消滅したことを主張する被告の抗弁は理由があるから、相殺の抗弁につき判断するまでもなく、譲受けに係る本件請負代金債権の弁済を求める原告の本訴請求は理由がない。よって、本訴請求を失当として棄却すべきものとし、民訴法八九条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺惺)

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